挨拶がどんどんできる子どもにしたいのですが……挨拶しないのは、引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんだから?

aisatudekirukodomo

質問

お友だちのお子さんたちはとても元気にはっきりと挨拶をしてくれます。うちの子はというと、引っ込み思案なのかなかなか、ここぞというところで挨拶が出来ません。どうしたらいいのでしょうか?

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回答

――目次――

1、挨拶しないのは、引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんだから?
2、挨拶はコミュニケーション エネルギーが必要!摘み取っていない?
3、知らない人が話しかけても返事をしないでね! という子育て環境

4、挨拶を返してこないいろいろな理由
5、月齢、年齢による挨拶への向き合い方
6、挨拶がどんどんできるやる気のある子どもにするには

1、挨拶しないのは、引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんだから?

挨拶くらいできなくてどうするの?挨拶はきちんとしなさいよ!みっともないでしょ!「挨拶は?」「挨拶したの」などと挨拶を促されるお子さんは多いですね。

挨拶!とひとことで言っても多くの言葉があります。「おやすみなさい!」「おはようございます」「こんにちは♪」
「いってきます」「いってらっしゃい」「ただいま!」「おかえり~」「はい!」「解りました」「了解しましたぁ」
「ありがとう」「ごめんなさい」「よろしくおねがいします」

「いただきます」「ごちそうさまでした」「お先に」「どういたしまして」「すみません」「はじめまして」「おつかれさま」「またね~」

これらの言葉に「どうも」が付く場合もありますね。簡単な挨拶だけでもこんなにたくさんありますが、年齢に応じて使いこなせていないと「うちの子、挨拶しないのよねぇ」とお母さんの眉間にはシワが寄っていきます。

お母さんは大体が心配性ですから、挨拶もできないくらい引っ込み思案で、内向的で、恥ずかしがり屋さんで、これで世の中を渡っていかれるのかしら、と一生のことまでを考えて、うちの子はきちんと挨拶ができない!という子育て中のお母さんの悩みは深くなっていきます。

でも、仮に引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんのお子さんであっても、一生それが続くことはありませんよ。

こんな例があります。私の幼なじみは三年連続カラオケ歌謡大賞に輝いて中部地方の代表です。彼女は幼稚園時代に人の前で口を開くことができずに先生の後ろに隠れたままでした。

挨拶どころか、彼女の声を聞いた人はほとんどいない状態でした。小学校に上がったら今度はみんなの前で給食が食べられず、先生の教壇の陰に隙間を作ってもらって、狭いところで誰にも見られない環境で一人で食べていました。

ところが、久しぶりのクラス会で再会して驚きました。何と彼女は中部地区代表のカラオケの名人になっていて、舞台でスポットライトを浴びるのが楽しい!と発言しているではありませんか。聞いていたクラスメートはひっくり返るくらいビックリしました。

子どもの頃あんなにしゃべることができなかった彼女が、カラオケで堂々と舞台に……ということもあるのです。今は、挨拶ができないシャイな子どもでも、きっとそのままではいないでしょう。

また、こんな例もあります。

中学校で劣等性の子どもがいました。高校のレベルを自分の偏差値よりさらに落として、最低レベルの高校に進みました。新入学のクラスで、担任の先生は彼女を学級委員に指名しました(新入学での学級委員は内申書と入学試験のトップクラスから選ぶ傾向があります)。

偏差値を落として入学した高校で彼女の入試の成績はトップクラスだったのです。

学級委員に指名されてからというもの、クラスの先頭に立って彼女は人を引っ張っていく力を身につけて、そして大学にまで進むことができました。クラス会で「あの劣等生が!」とこれも驚かれるパターンでしょうね。

これらの二つの実例にもある様に、子どもは変わります。とはいえ、今現実に挨拶ができないという子育ての悩みにぶつかっているお母さんに、「大丈夫よ、大丈夫!」というわけにはいきません。

挨拶しないのは、引っ込み思案で恥ずかしがり屋さんだから?まっ、それもあるにはあるでしょうね。

それは成長とともに緩和されてきますから心配はないと思いますが、ここでは挨拶ができない子どもが多くなった背景を考えて、挨拶ができない、挨拶をしない理由と対処を考えてみたいと思います。

2、挨拶はコミュニケーション エネルギーが必要!摘み取っていない?

あつ!と口を開くのにもエネルギーが要ります。それから現状を考えて言わなければならない言葉を選び取ってくることが必要ですが、
それにもエネルギーが要ります。

大人でしたらこのエネルギーを「気配り」という言葉に置き換えることもできるでしょうか。「あっ、ありがとう」「あっ、すみません」、遅れて気がついた場合でもすぐ口にできるような習慣に持っていく事が、挨拶の基本と思えます。

赤ちゃん時代に面倒を見るのは当然ですが、その習慣が高じて、大きくなっている子どもにも、日常の面倒を手取り足取り見るお母さんがいます。いろいろやれるようになっているのに、黙っていてもかゆいところに手を届けています。

そればかりか、かゆくないところまでかいてあげて(笑)、さらに他にかゆいところはないの?とまで心配してあげて、子どもに至れり尽くせりのお母さん。

3、4歳になって子どもの世界が広がると、さあ今日から、挨拶だけ自発的にしなさいよ!と言われている子ども。どんな場面で挨拶したらいいかわかるでしょ。

挨拶はしたの?ああ、それから言って置くけど、変な人には返事をしては駄目よ!挨拶をして欲しいと悩むお母さんの背景を極論すれば、こんな感じですが思い当たる節は多いのではないでしょうか。

お母さんの極論に近づくことのできるそんな器用な子どもははたしているでしょうか……いないでしょうね。

こんな場面もあります。

自分が要求しなくても、紙を切るために紙を手にしたとたんにお母さんは「ハサミは引き出しの中よ!」と言います。子どもはハサミを取り出す行為を先取りされたので、解っている、と言います。いまやろうとしていたの、と言います。

このようなやり取りがお母さんとの間にあるとしたら、育とうとしている子ども側には何のメリットもないばかりか、サインを出すコミュニケーション力や挨拶をするエネルギー(習慣)を摘み取っていることになるのではないでしょうか。

子どもがハサミのあり場所が解らなくて、「お母さんハサミどこ?」と訊いてきた時に、取って上げるのではなく子どもに捜させます。

引き出しの二番目にしまっておいたわよ。「あった?」「あった!」「あった!だけじゃないでしょ、ありがとうは」「ありがと!」こういう会話の流れになれば、ありがとう、という挨拶は「ありがとは?」と促されることなく習慣としてやがて身につきます。

子どもを駄目にする方法は簡単です。物でも言葉でも与え続ければいいです。

黙っていても親が察してやってくれる環境に長くいると、自分で考える力やエネルギーが不足してきます。手取り足取りやってもらえば挨拶など必要なくなります。必要ないどころか面倒な行動となります。

子育てはやがては社会人として自立をしてくれるというのが目標ですね。社会に出れば(幼稚園、学校なども)いやおうなしに人とかかわっていかなければなりません。

気分が乗らなくても話をしたり、何かを引き受けたり、断ったり、やりたくないこともしなければならない場面が多くなります。

乳幼児の頃から元気に挨拶ができるエネルギーいっぱいの体質、習慣に子どもをしておけば、例え内気な性格であっても人とのコミュニケーションの第一歩は完了すると思います。

3、知らない人が話しかけても返事をしないでね! という子育て環境

 
平屋建てや戸建ての多かった頃は地域社会が横に広がっていました。そればかりか地縁関係においても濃いつながりがありました。家や土地は滅多なことでは手放さず、手放すなら縁故関係で買いつないでいきました。

また分家などが生じると、おじいちゃんの土地を少し分けてもらってそこに家を建てました。そんなことが何代も続いて村の人はどこかたどれば全部親戚、町になっても親戚の網の目が広がり遠い親戚、知人、知り合いに囲まれた中で子育てが行われていました。

そのような中で暮らしていれば挨拶は必須項目です。大叔父ちゃん、大叔母ちゃん、従姉妹の子どもにはとこのお姉ちゃん!知っている顔の多い道を歩けば、自然と挨拶が出ます。大叔母ちゃんたちも自分の血縁ですから、とっても良い笑顔で挨拶をして見守ってくれています。

地縁つながりではありませんが、私は保育の仕事を長くしてきたので自宅の駅から次の駅の間までは、私の保育に関わっていただいたお子さんやご両親がたくさん住んでいらっしゃいます。

私が保育をしている上で「我が家の子が挨拶できない子」として育っていれば、私が関わっている保育の世界にも影響が及ぶから、私の家の近くの駅から次の駅の間までは「きちんと挨拶をすること」、と我が家の子どもに約束をさせた時期がありました。

これは職縁関連を大切に思った私の方針でした。地縁を大事にするということは、血縁関係のあるなしに係わらず本当はとても大切なことなのですが、今、村は町となり町は都市となって地縁関係を離れて、都市は上に上にと広がっていき、エスカレータに乗り合わせても大声で話さないのがルールとなっています。

もちろん挨拶も例外ではなく、知った顔に合わなければ挨拶の数は減りますし、そのような経験も減ります。防犯や変質者予防対策として、全く知らない人とは口を利いてはいけませんので、子どもたちはますます、挨拶をする機会が減ることになります。

子どもの世界ばかりではなく大人の世界でも地域の人とはなるべくあっさりと付き合おうというのが現在の流れです。葬儀にそのことが良く現れています。

昔はどこかでお葬式が出れば、向こう三軒両隣は、エプロンをしてお手伝いに上がったものですが、昨今は家族で密葬いたしました、という案内が町内の掲示板に貼られるのみになりました。

学びの語源は真似です。大人の真似をして子どもは育ちます。大人社会のアッサリ感が子どもの挨拶を減らしているということもありそうです。

4、挨拶を返してこないいろいろな理由

どうして挨拶を返さないの?というお母さんの問いかけに「挨拶は大人が呼びかけてくるだけでいい」「変な人がいるかもしれないから、子どもはしなくっていいと思った」とか、「おはよう!という言葉が聞こえているからいい」とか、「おはようと言った人が嫌いだから」などという返答がありました。

嫌いな相手だから、というのはなんとなく解るような気がしないでもありませんが、
まっ、大人になってからでいいのですが、嫌いであってもなんであっても、挨拶をされたら返すくらいのソツのない大人にはしてやりたいところです。

「おはよう」と声をかけたとき、黙っている子ども。「おはようは?」と一度は声をかけてもそれ以上は大人の方でも面倒だし、まして子ども相手に怒るのもなんだし……と遠慮をしている大人もいますね。

大人がいやだなあと思ってやり過ごしていけば、子どもの側では「返事をしないで済んだこと、それは許される行為なのだ」、ということが体験として蓄積され習慣となってしまいます。

シャイで臆病なら声を出さずとも、ちょっとうなずくだけの行為でも子どもにはさせておいたほうが良いと思います。

「うなずく挨拶」しかできなかった子どもには「できたね、今、小さい声で挨拶したね。お母さん聞こえたよ。えらい!」ぐらいの嘘も方便をしておくお母さんは賢いと思います。

また子どもぽい大人の人もいて、子どもの返答がないからとすぐにムクレル人もいます。挨拶を強要することによって、子どもに嫌われてしまうのではないか、という心配などが心をよぎる立場の人もいるようです。

大人はどんな場面でも基本的に子どもに遠慮をしてはいけないのです。が、残念なことには、大人の側にコミュニケーションが面倒くさくなっている風潮があります。大人は子どもに怖がられたり嫌われたりしてこそ、習慣や躾をして子どもの先導となることができるのですから、大人は頑張らなければなりません。

5、月齢、年齢による挨拶への向き合い方

単純な挨拶などは何度も練習をして習慣化させるチャンスが日常にいっぱいあります。赤ちゃん時代は「おはよう!」や「ごめんなさい!」「お返事は?」などの挨拶関連絵本がたくさんありますので、繰り返し読むことがいいでしょう。

バイバイごっこ、コンニチハごっこ、オモチャを手渡したらありがとうと頭を下げる……赤ちゃんは動作の真似が好きですから、大人がしてみせれば上手に真似ができます。できたら拍手をして褒めれば赤ちゃんの笑顔も上等になります。

一語文が出てくる頃に、オウム返しに「ごめんなさい」が言えるようになります。3歳くらいになるといろいろ理由をこね回して「ごめんなさい」「すみません」を言わない時期がやってきます。

「ごめんなさい」「すみません」など、何かをしでかしたときに謝れるということは物の道理・良し悪しがある程度理解できなくてはなりません。3歳前後ではまだまだそれは解りません。お母さんが怒っているから謝る、という図式が多いです。

少し解ってくると「今、言おうと思った」とか「あとで」という言葉が入ってきて、解ってはいるのだけれど親の言いなりにはなりたくない天邪鬼時期の挨拶の仕方です。この時代はおだてるのが一番です。

4,5歳頃になっても挨拶をスルーするようであれば、いよいよこのあたりから噛んで含めるように言い聞かせる必要があります。謝らなければいけない原因を、また、どうしてそうしたのか?と訊くと、自分優先のとんでもない理論を持ち出してくるのも4,5歳児時代です。

また理解できてもまだまだ利己主義バッチリの考えですから、いろいろの屁理屈を並べます。お母さんは言います「まず、その前に謝りなさ~い!」。子どもはプィと横を向きます。

でも、お母さんには頑張ってもらいたいです。面倒ですが、挨拶のできる子どもにするには、謝らなければならない理由を、やはり根気よく何度も説明していく手法が近道になります。

言い聞かせは面倒で根気が要ります。子ども相手に売り言葉に買い言葉をしたり、言い負かすことに必死になったり、子どもの全人格を否定するような暴言を吐いたり、夫を巻き込んでの八つ当たりなどしないようにお願いします。どうぞ、そんなお母さんでありませんようにお願いします。

6、挨拶がどんどんできるやる気のある子どもにするには

挨拶に限らず何事においてもそうですが、ほかの子と比べる叱り方をするのはタブーです。個を尊重しない叱り方は親に対する不信感・不満感、愛されていない感を子どもが持ってしまいます。挨拶はできても心の中は寂しさでいっぱいの子どもになってしまいます。

挨拶をしていないと思っても、たまには挨拶できたね、えらいね、と褒める事も大事です。例えば挨拶の場面を子どもが無視したとしても、
「挨拶できてたね。○○ちゃんの小さな声がお母さんの耳に聞こえたよ。良くできたね」と褒めます。

子どものやる気のスイッチが入ります。回覧板があるところにお住まいでしたら、子どもを回覧板を回す係りにして、お隣の家のピンポン~を押しながら「こんにちは~、回覧板です」、という習慣もいいと思います。

小児科にかかる時に子どもの名前を呼ばれますね。そんなときは自分で返事をさせるのも良いのではないでしょうか。

引っ込み思案の恥ずかしがり屋さんにはまず声を出す練習として、お母さんと一緒に本を読むのも良いと思います。「○○ちゃんの声は、はっきりしていて絵本が楽しい!」とお母さんは喜びます。そして外から子どもに電話をしてみましょう。そして褒めます。

「とっても可愛い声で聴き取りやすい声だね。○○ちゃんと電話でおしゃべりすると楽しくなるね」、と声について褒めると、子どものやる気を引き出せるのではないでしょうか。

挨拶とは本来は気持ちを相手に伝える手段です。相手に気遣いをする習慣でもあります。

小さい子どもは相手に気遣いができませんが、真似はとても上手です。お父さんとお母さんが、言葉に添えて「あっゴメンネパパ」とか「ママ!どうもありがとう」というところを見せれば子どもは自然に真似をします。

初めは意味が解らなくても、お互いに労わりあったり気遣いをしあったりしている気持ちは伝わるのではないでしょうか。

親が率先してよい見本を見せていく。「親の背中を見て子は育つ」という良いことばも日本にはあります。頑張っていただきたいと思います。

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