ベビーカー論争・・自由に生きられる今の女性への嫉妬も?

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ベビーカーで外出をすると温かい目で見守られることは稀で、ほとんどが迷惑そうな顔をされますね。ベビーカーでどうしても出かけなければならない時は、ため息が出ると若いお母さん方は言います。

中にはマナーも悪いお母さんもいるとはいますが、大体のお母さんは恐縮しつつ車内へ乗り入れていると思います。

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ベビーカー論争の発端はなんだったのでしょうか?

べビーカーは交通機関で移動する際には『折りたたむこと』が義務付けられていました。しかし1999(平成11)年に私鉄9社や都営地下鉄で『ベビーカーは折り畳まずに乗車できる』という方針が示されました。

2006年になると、“バリアフリー新法”が施行されて、翌年に国土交通省が「公共交通機関でベビーカーを使っている人」も対象にされました。またベビーカーの見た目も質もこの頃から大きく変わりました。

日本では国内製の「軽量」「たたみやすさ」「コンパクト」などがベビーカーの主流でしたが、輸入ベビーカーの市場参入を機に、大きなベビーカーが女優さんの間で流行して、それらは子育て中の「愛用品」としてブログで紹介されて、一般にも浸透し始めました。

「大きめの輸入ベビーカー」は人気商品となりました。

外国製であることも一つのスティタスでしたが、外国製の物は子どもの安全と快適を中心に作ってあるので、道路を押していても排気ガスを子ども吸わないように座る位置が高く、がっしりとした素材で、まずは子どもを怪我から守る頑丈さになっています。

赤ちゃんがベビーカーに座った際の背中の曲がり具合も、成長に合わせて十分に配慮がなされていますので、追随する日本のベビーカーメーカー製品も次第に頑丈で、少し大きな、おしゃれなベビーカーに改良されていきました。

ベビーカーで「もっと自由に、もっと楽しく、遠くまで出かけられる」ことが可能になったわけです。

そして2012年3月には、東京都と私鉄24社が共同で一般乗客に対してベビーカーが乗り入れた際に快く受け入れてもらえるように、“電車内でのベビーカー利用者に配慮をお願いします”と周囲に呼び掛けるポスターを貼りだしました。

このポスターによって今まで黙っていた一般乗客からは、それならばこちらも言わせて頂く、ベビーカーと『電車内のベビーカーは邪魔』
『母親のマナーが悪いのに、これ以上調子に乗せるな』という反論が出はじめたのです。

2012年の夏には本格的なベビーカー論争にまで発展……というのが流れです。

ベビーカー論争!を建前にして他に論争してみたいことがあるのでは?

確かに電車は立って乗る、座って乗る、ぎゅうぎゅう詰めでも皆が一様に人間という同じ形なら、同じ角度で斜めになったりもたれあったりできる、というパターンであれば、お互い様ですから誰も異存を唱えないで乗れます。

そこに形の違う、大きな荷物やベビーカーや車椅子が乗り込まれてきたら、電車の中での窮屈感は目に付きますし同じ様にゆれたりぎゅうぎゅう詰めになったりしたときに、踏ん張らなければならない箇所や、寄って行くことのできない隙間ができて、車両全体に違和感がかもし出されるのは容易に想像できます。

普通に立っていられる人が強者でベビーカーや車椅子がが弱者で、強者は弱者を守らなければいけないという常識があったにしても、時には邪魔であることは否めません。

弱者が弱者の態度のままでいればいいのですが、ベビーカーを持ち込んで通路をふさいでいる上に、お母さんが携帯等をさわって周囲に注意を払わなかったり、あるいは子どもが大声で泣いたりしていると、抱っこやオンブなら泣かないのに、という年配者のイライラもあるのかも知れません。

ベビーカー論争はベビーカーのことに限らずこの際だから論争をしてみたい「意味」がいくつか含まれていると考えられます。

ベビーカー論争といいながらも、論争してみたい社会的マナー

社会に出たら公共のマナーがあります。社会が滞りなく流れていくためのルールです。青信号で渡ったりしない、路上にガムを捨てない、川にごみを捨てないなど公共のマナーです。

それらと同様にベビーカーを車内に乗り入れるにはやはり最低のマナーがあります。

ロックをかけて動かないようにして、ベビーカーの後ろに下げている荷物を整理して網棚に乗せて通路の邪魔にならないようにして、あかちゃんの靴が他の人の洋服にあたらないようにして、乗り降りする人の邪魔にならないようにして、などなど最低の事は気を付けなければなりません。

暑くて泣き出すといけないので靴下などを脱がせる、人ごみに怖がるといけないのでなじんだ小さなおもちゃを持たせる、お水を飲ませる、などなど、そうやって公共のマナーに順じられるように、ベビーカーを車内に乗り入れている人が多分、大多数だとは思いますがそれでも反論は来ます。

論争してみたいのは自由に生きられる今の女性への嫉妬も?

『外出にはベビーカーなど使わずに、赤ちゃんはオンブを』とか、『赤ちゃんを育てている間にはそんなに外出はしないものだ』、などなどという反論。

ランチやイベントを慎んでください、というのがもしおばさまの発言なら、もしかしたら、嫉妬が入っているのではありませんか?

特に「私たちが子育てしていた時代は……」、と言葉が続くようでしたら、嫉妬がほぼ80パーセントと思います。

若い時に今ほど自由にならなかった子育て時代を振り返ったおばさま達の嫉妬心が含まれているような気もします。女の敵は女、あまりいい言葉ではありませんが、そんなこともあるような気がします。

昔のままにしたほうが良いのであれば、おばさまのおうちでは自動洗濯機ではなく昔のままに2層洗濯機でしょうね。テレビは昔のままに白黒ですか?

あるいはこんな想像もしてみてください。

もしかしたらおばさまのご子息が仕事頑張りのお嫁さんを貰ったとして、おばさまは育児ばばちゃんとして孫を預かり、孫の育ちが完璧になるまでランチにも外出にも行かれなくなったとしたら、と、自分に置き換えてみてください。

息が詰まりませんか?ランチに出掛ける電車のベビーカー集団を、同じ女性の先輩として「よい時代になりましたわね」と微笑ましく見送って欲しい、そう思います。

また反論者が男性であれば、朝夕の通勤にベビーカーが混雑車内でいたことを見たのであれば、女性の社会進出を快く思わないおじさんの気持ちや、育児に携わった経験のない男性の自分勝手なつぶやき、ということも感じます。

オンブすれば済むのでは?に対するお母さんの反論

お母さん側の反論では

『抱っこやおんぶ+荷物を持つのは体力的に大変』、

『抱っこやオンブをしていても、諸外国の様にちょっとしたときに手伝ってくれる気風が日本にはない』

『オンブという形で自分の胸がもろに出るバッテン紐の形は考えただけでも嫌!』

『今流の前抱っこ紐があるが足元が見えなくて、長距離外出は無理』

『歩く前後の月齢の子は重くて、荷物の事を考えるとオンブも抱っこも無理』

『一人ならまだしも子供を二人連れでの外出にはベビーカーは欠かせない』

『産みなさい育てなさい、子ども増やしなさい、という割には子どもを守らない日本』

『ベビーカーが乗りたいエレベーターに、立派な大人がいっぱい乗っていて見送ることが多いのはなぜ?』

『大型で畳みづらいベビーカーと言うけれども、昔の軽量は子どもには酷だった』

『ベビーカーを畳んだ経験があるが、ホームで子どもはあちらこちらに散り、大変だった。子どもの手を引いて荷物とベビーカーを持って車内に入るのは容易なことではなかった。荷物を乗客が分けて持ってくれた経験はごく稀にしかなかった』

『利用する時は迷惑がかからないように、白い目を向けられないようにホームの端に行って最前車両か最後尾車両に乗っている』

『ロックをかけて、荷物は通路にはみ出す可能性のあるものは網棚に載せて、ぐずる子どもにはクッキーなどをすぐに口に入れられるようにして、車内は思ったより暑いので靴下上着などはあらかじめ脱がせて、子どもが大人の無用心で騒ぎ出さないように……それはそれは注意をしながら電車にベビーカーごと乗っています』

テーマパーク、遊びにいらっしゃいと企業は言うけれど、どうやって行くの?

例えばこんなことも考えられます。

昼間の外出で子連れでランチに行く、子連れで遠くのイベントに行く、子連れで少し遠い公園に行く、それらに行くために電車を利用しなければなりません。

ベビーカーで群れていくことになりますが、イベントを企画したり、遠くの広い楽しい公園や、その周囲の若者向けショッピング街にお客様として来てほしいと誘致しているのは、会社や自治体の、つまりは企画側が招いていることですよね。

招いておきながら、出かけて行く手段を拒否されているようなものですね。

上野動物園なども行けばベビーカーは借りられますが、実際に子どもを乗せるのに用意してあるのはひどいものです。子どもが眠くなっても直角に座っていなければなりません。背もたれもなければ日よけも無い……

遊びだけでなく大学病院にしても、ベビーカーの無い所が、実は多いという現実をどれくらいの子育てをしない人が知っているのかと、疑問に思います。

混雑通勤車内に持ち込まれるベビーカー、もう一つ有った待機児童の問題

現代は共働き世帯が多いですね。社会の労働力も不足していますので政府も家庭にいる女性を職場に引っ張り出そうという動きも盛んになっています。子連れの働くお母さんが電車やバスを使う機会が増えたということも、ベビーカー論争の背後には有ります。

また誰もが近所の保育園に赤ちゃんを預けて出勤できるわけではなく、近場の保育所に入所できなかった場合は、混み合った時間であろうがなかろうが、電車に乗って赤ちゃんを預けに行かなければなりません。

出勤のお母さんは重装備です。給食を出してもらえない場合は、赤ちゃんのお弁当やおやつなども持って出勤しなければなりません。

近頃はやわいベビーカーは子どもにとっては危険ですので、まるで戦車みたいなベビーカーに必要な物を積んで、出来るだけ子どもの目線の辺りが緩やかである位置を確保するために、車内をグングン入ってくるお母さんがいたとしても、一般の人は文句をいってはいけないのですよね。 

なぜならこの状況が不愉快であれば、日本の街や社会自体が“子育てしづらい”環境であり、また子育てしづらい社会を作る先頭の責任者は政治家で、それを選んだ人々は誰よりも一般のベビーカーは嫌だと眉をひそめているその人々自身だからです。

ラッシュ時に眉をひそめる人は多分少数派で、優しく守ってあげたい、だけどラッシュ時には自分も必死なので眉をしかめている……ベビーカーに対してと見えるようだけど、満員電車に対しても、自分に対しても……

ラッシュ時は避けて欲しい!子持ちのお母さんの働く時間を政令で決めて欲しいし、待機児童問題を解消して欲しい!よし、次の選挙にはそこのところを良く吟味しよう!そう思って眉をしかめているのかもしれません。

何はともあれ、そんな中を通勤するお母さんが一番大変なことの理解くらいはできると思います。子育てしづらい環境で必死に子育てしているお母さんに、ベビーカーくらい我慢してあげて!と言いたい気持ちです。

そして、ベビーカーを使っている親御さんたちは、少しでも邪魔にならないような配慮をすればいい、それだけのことだと思います。

子育て世帯は社会的弱者?特権階級?

「マイノリティ」とよく言われますが、マイノリティとは、社会的少数者や社会的少数派に属する社会の権力関係において、「少数な部分に位置する」ことを言います。

多くの場合、そのグループの一員であることによって社会的な偏見や差別の対象になったり、「少数者の事情を考慮していない社会制度の不備から損失を被ることを前提とした呼称」であり、「社会的弱者」にも近い概念です。

一方、対義語は「マジョリティ」と言いますが、社会的多数派であり、多数である為に強い立場になりえます。世論を形成していくにも都合がいい集団となります。

ベビーカー論争の対象者となる6歳未満の子育て世帯は、全世帯の1割以下で、上記の理論で言えばマイノリティということになりますね。

社会に住む多くの人が心地よい生活を送る為に、ベビーカーを畳むことなく車内に持ち込むことを、多くの人が反対したり、またそのような論争が出現すること自体、日本は精神的に貧しい国だなぁ、と感じざるを得ません。

社内に一つで多くの荷物があれば邪魔であることは解りますが、子どもを持たない働く階層も、子どもを持つ年齢にまだまだ縁のない若年齢層も、マイノリティと言われる少数派の子育てに関わっている階層も、チケットを買って電車をあたりまえに利用できることが普通のことでなくてはなりません。

車内の足組やイヤホーンの漏れてくる騒音などと同様に、ベビーカー持ち込みに考えられるマナー違反をすることなく、社会的行動をするのが当たり前のことと思います。

少数派側も、子育ては社会にとって重要な必要な世代ではありますが、育てている時はしょうがない!というような特権意識を、もしお母さんが持っているのだとしたら、それも同時に改めた方がいいと思います。

生まれつきや途中の事故で障害になられた方を誰も邪魔には思いません。年月とともにお年を召されたお年寄りも、だれも邪魔だとは思いません。

しかし、母親に対しては“自由意思で産んだんですよね”という観念が入ってくる隙間が有るようです。

自由意志で産んだのは確かですが、生まれてきたからには子どもは日本の子、子どもは社会の子、社会全体で守っていかなければ育ちません……
そういう認識を社会全体で深めていただきたいと思います。

次世代車両「E235系」発表!ベビーカー向けのスペース有り

JR東日本は、次世代車両と期待されている山手線の新型車両「E235系」を公開しました。

JR東日本によると、E235系の車内では中づり広告を廃止し、代わりに、網棚と車両間の通行口の上部に液晶画面を設置してCM(デジタルサイネージ・電子看板)に置き換えて流すということです。

各車両には、車いすやベビーカー向けのフリースペースを設置。優先席も1編成で計60席だったものを88席に増設して、それらの場所を床や壁の色を赤系にしてわかりやすく目立たせ、区分されているそうです。

車いすやベビーカー、優先席付近をスペースとするということです。

これは、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで、都内を訪れる人が増えることを想定したためだそうです。

2015年秋からは全面的に次世代車両「E235系」に刷新されるJR東日本の車両ですが、東京オリンピックのためだけではなく、ベビーカー論争という次元の低い温かみの無い論争も一掃されて欲しいと願っています。

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